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第14 - 原始経と布衍改作の大乗経存在

かくの如く説き聞かされても、従来小乗を蔑視するに慣れた人々はやはり阿含は浅薄にして取るに足らないように思うであろう。

 

このような思想が自然に起る程に強く染み込んだ原因は、今より約二千二百年の古昔、原始仏教阿含の随行者であった比丘等が、その阿含の真理によらないでその阿含を総べて自己の卑(ひく)い見識に合うように解釈して、自利一偏の目的に供したからであった。

即ち仏教中最も緊要なる涅槃那の思想を誤解して、消極的に解釈し、絶無断空の境に帰することと思って、総べて積極的に道徳を積まなかった。

それでその時におけるウパーサカ菩薩等は、この大弊害を破って、仏陀の正義を示すために、自分等の伝うる仏説と、従来の阿含及びその思想を大に布衍しまた広大して出来た経典を、大方等部即ち大方広部と名づけ、仏陀本来の意義を表わしたものなれば、大乗と名づけたのである。

その比丘等に依て狭義に解釈せられる原始経典を小乗と命名するに至ったものであった。

 

現今でも小乗と名づけられた経典から、布衍或は改作せられた大乗経典の現存するもの二三を挙げれば以下の如くである。

原典 布衍或は作出せられた経典
鴦掘摩(アングリマーラ)経 : 一巻、小乗 央掘魔羅(アングリマーラ)経 : 四巻、方等
遺教経 : 一巻、小乗 大般涅槃経 : 四十巻、涅槃
摩登迦経 : 二巻、小乗 大仏頂如来密因修証了義諸菩薩万行
首楞厳経 : 十巻、秘密
五蘊皆空経 : 一巻、小乗 大般若経 : 六百巻、般若
諸仏経 : 一巻、小乗 諸仏要集経 : 二巻、方等
菩薩本起経 : 一巻、小乗 菩薩本行経 : 三巻、方等
仏説優婆塞五戒相経 : 一巻、小律 優婆塞戒経 : 七巻、大律

 

前表上段のものは比丘出家衆の相伝であって、下段のものは在家(ウパーサカ)僧伽の布衍相伝したものである。

 

上段の小乗とせられるものも、一々正当に解釈すれば皆その真意の大乗であることは、かの遺教経に示されたる波羅提木叉(プラテーモクシャ)の実行即ち別解脱なる戒律の実修が、仏陀法身の実在であって、不滅の仏陀が吾人日常実修の行作に光明を放って居ることを示され、全経自利利他の動機に表現して居ることを見るものに対して、誰かこの経を以て自利一偏灰身滅智(けしんめっち)の小乗に属することが出来ようか。

道徳的光明である法身が永久不断にこの世界に常住して、衆生利益の光輝を放つことを説かれたる遺教経は正(ま)さしく大乗仏典である事は毫も疑う余地がないのである。

然るにこの本来大乗部の経典を以て、最も卑しめられたる小乗部に入れたことは、恰(あたか)も真珠の玉を以て硝子(ガラス)であると言いくるめるのと同じである。

 

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