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第8 - 日本仏教各宗各派の基礎の不安定

かくの如く、我国仏教の各宗各派に別れる根源をなした天台の教相判釈は果して全仏教を正当に判釈して居るだろうか。

この問題を正当に判定する事は、日本仏教各宗派の正否の奥の院を開くべき鍵とも云うべきである。

 

現今我国における日本製なる各宗各派は、果して確実正当なる基礎の上に立って居るものであろうか。もし吾人(ごじん)にして一も二もなく天台の判釈を正確のものとして、その説に随順するならば、その思想上より生れたる我国の各宗派は、固(もと)より正当確実のものと云えるであろう。

然るに吾人が今日到達したる歴史上、梵語学上、及び教理上の研究の結果によれば、天台の教相判釈ほど荒唐無稽で、驚くべき空想に依て構成せられた偉大なるものを外に見出すことが出来ないと思われる。

 

この驚くべき問題は日本仏教各宗各派の死活に関する問題である。

即ち今後各宗各派が仏教として存在し得べき根拠ありや否やを、決定せらるべき重大事項であるから、その一々について精確に説明しようと思う。

 

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