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第75 - 不飲酒戒の義釈
不飲酒戒はこれまた現代の弊害に対して、痛切なる戒律であって、現代人が遭遇している諸種の禍害(かがい)から、解脱することが出来るのである。
併(しか)しながら飲酒家は酒は百薬の長とか、憂いを払う玉箒とか、地上の甘露とか、無限趣味の製造主とかいう、いろいろの美名を付して、自ら慰めて自らそのアルコール毒に酔っているのである。
そうして酒を耽飲する者は、仏の説かれたような十種の害を受けるものである。
- 一、顔色悪変 : 人が酒を飲めば、その顔色が赤くなるか、或は青くなるか、その色が常と異なって悪色悪相となるのである。
- 二、下劣相 : 飲酒する人は威儀が整わない。その容貌が軽薄下劣となって、人の卑しむ所となるものである。
- 三、眼視不明 : 恣(ほしいまま)に飲酒する人は、狂痴の態度で乱視し、遂に昏昧となって、対境の如何(いかん)を弁ずることが出来ない。
- 四、現瞋恚想 : 酒に酔えば前後を省みず、善悪を弁(わきま)えず、親戚賢善の人々を顧(かえり)みず、妄(みだ)りに忿怒(ふんぬ)するものである。
- 五、壊田業資産 : 恣(ほしいまま)に飲酒する者は、放逸怠慢となって、産業を破壊し、資産を散逸する者である。
- 六、起疾病 : 酒を飲んで度を過すと、身体の平調を乱して、疾病を起すこととなるのである。
- 七、多事闘争 : 酒に酔えば、激怒し易くまた他人と諍議(そうぎ)を起し易い。遂に争闘の結果貴重な身命も顧ず益々争い挑む者である。
- 八、悪名流布 : 恣(ほしいまま)に飲酒する者は善事善法を捨てて、悪業を行うこととなるから、世に悪名が広く伝わるものである。
- 九、智慧減少 :
諺(ことわざ)にも酒が腹中に入れば、智慧が徳利(とっくり)の中に入ると云える如く、酒毒の為に推理判断の力がなくなるから、痴呆か狂乱の心となって、智慧のない行(おこない)をする。
- 十、命終随悪道 : 悪習慣に従って酒を多く飲めば、必ず悪業を行うこととなるが故に、死後悪道に堕落する。
なおこの外に仏は飲酒の三十六過を説かれている。
現代の医学においても飲酒の害を認めている。実際飲酒のために身体に害を受けている者の多いことは否定できない。
現に飲酒家は病気に対して抵抗力の弱いことも、驚くべき程であって、随分頑強なる体格の人でも、豪酒家は少しく重病に罹(かか)ると、急にころころと死ぬ者が多い。
かくの如く身体上の害も多いが、精神上の害に至っては深刻である。
人間の破産者とでも云うべき狂者は、大抵飲酒に原因する者が多い。
その人自身が飲酒しないでも、親か祖父の飲酒が因をなして発狂する者もある。大飲酒家の子供に、痴呆、低能、頓狂者、放蕩漢の多いことも事実である。
併(しか)し泥酔者は酔眼朦朧として、これ等の事実を見ることが出来ないで却って酒の功徳を讃美するのである。
彼等が何程酒徳を讃美しても、依然として酒毒は反対に彼等をして、狂態を演ぜしむるか、疾病に至らしめねば已(や)まないのである。
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