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第60 - 大乗経典はみな埋蔵だった歴史

西蔵所伝の歴史には実際起った事実を、仏陀の讖言(しんげん)として誌(しる)すことが多い。

そのような事を誌した経典は、事実があって、その後に仏の讖言に託して造られた新経である。

けれどもその新経はみな埋蔵より掘(ほり)出したものであるから、一般には仏直説の古い経典として信用せられたのである。

 

これ等の一証を挙げると、水流遊戯経には以下の如く出て居る。

その義を釈すると、世尊が入滅せられて後は外道等が仏法に害をなすであろうと御考(おかんがえ)になって、予言として御示(おしめ)しになったものである。

 

讖言の如く、菩薩や、阿羅漢等は仏典を結集して、それ等の諸経を諸処に埋蔵せられたものとして伝えたものは以下の如くであった。

経名 埋蔵処
大般若波羅蜜多経十万偈 龍国(地下)
般若波羅蜜多経二万五千偈 三十三天(欲界天)
般若波羅蜜多経一万偈 阿修羅国
般若波羅蜜多経八千偈 毘沙門天国
般若波羅蜜多経要集偈 慧華城
引入義経十巻 塔迦留国
華厳経及び大乗の雑経無数 阿武山及び金剛宝座
諸論蔵無数 那蘭陀精舎
(ナーランダ・ヴィハーラ)

後にこれ等の経論を埋蔵より引出した事歴は、各経典の目録に誌(しる)してある通りである。

 

これ等の始めの例を挙げると、龍樹大士がネパール国のスワヤンブー大塔において、巌窟内の穴から龍宮に下って、大般若十万偈を将来せられたと、古写本大般若の目録に誌してある。

またスワヤンブー縁起にも同一の事が載っている。

 

この外、太鼓経及びその註釈には埋蔵経の種類を以下の如く挙げてある。

経に仏陀臨終の言として曰(い)う。

その註釈には以下の如く誌してある。それが教示する自体においては、

 なおこれ等の四種を小分すれば、十八種の埋蔵があると註解者は説明しておる。

 

大乗経典は大抵或種の埋蔵経典であって、秘密部の経典は皆埋蔵経典で大抵三昧と深密の埋蔵から出ている。

それは底露(チーロ)尊者は金剛持如来に親しく遇(あ)って密法を伝え、静天大徳は文殊師利菩薩に直接遇って妙義を授かり、無着大士は弥勒菩薩に遇って瑜伽の師地法を受け、惹連陀羅(ジャレンダラ)尊者は金剛猪面明妃(こんごうちょめんみょうひ)から直に極秘の妙法を授かった。(西蔵伝諸乗法史二一丁より二四丁まで)

 

これによって見れば、これ等の尊者が皆それ等の観仏見菩薩三昧から起って、仏の見地に住して説いたのが大乗経なる大布衍経や秘密部の諸経典である。

云わばこれ等の聖賢が深い思索の結果遂にその時代の人々を救う為に仏説に託して著述したものである。

 

このような順序で著(あら)わされた経典中釈尊の思想を正等に解釈し布衍したものもあれば、また誤解して妄(みだ)りに時代思想に一致させようとして、仏教の真義を破壊したものもある。

かの方等部中妄(みだ)りに声聞を抑圧し具足戒を小乗戒と蔑視し、懺悔を軽視するなど、遂に仏陀本来の真意義に抵触するものの如きそれである。

甚(はなはだ)しきに至っては全く仏陀の聖旨に正反対なる行淫、飲酒、殺生、肉食等を秘密修法の行道とする左道密教さえ生ずることとなった。

ここに至ってこの埋蔵経典は仏教を破壊しただけではない、印度人をして人間たる善性を全滅せしめて独立することの出来ないようにした。

 

併(しか)しこれは埋蔵経典の暗黒の方面である。

その光明の方面に至っては仏陀の真主義を発揚して、一切諸乗皆帰妙法、即ち能く広大なる深義を開発して、唯有仏一乗の真義によって無数の衆生を利益したのである。

清浄そのもの、智慧そのもの、慈悲そのものの光りが、日域大乗相応地となって、聖徳太子以来我国を利益したことも、莫大なものであった。

 

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