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第103 - 観釈尊 (観仏帰入)

うれしやな

今まで我等が知らざりき 信の親なる釈迦如来

信のスイチを運(めぐ)らせば ほとけの電光すぐそこに

輝きわれ等の暗夜(やみ)破り あらゆる苦患(くげん)を滅して

無畏(むい)の安心与えらる 尊き心に帰入する とうとき心に帰入する

 

うれしやな

今まで我等が遇(あ)わざりき 信解(しんげ)の親なる釈迦如来

無限無量の宇宙には 至らぬ隈(くま)なき法の身に

無辺の徳を具(そな)えます 荘厳自性(じしょう)を現わせる

妙応身なる釈迦牟尼に 我等はひたすら帰入する 我等はひたすら帰入する

 

うれしやな

今まで我等が遇(あ)わざりき 真(まこと)の親なる釈迦如来

法の宝や福徳の 蔵を開くべき信の鍵

もちて用いて内に入り 親の宝のかずかずを

受けて用いて世の人に 施すこころに帰入する 施すこころに帰入する

 

うれしやな

今まで我等は知らざりき 慈悲の親なる釈迦如来

慈悲のかための五戒法 十善までも示されし

別々解脱の幸福は 何にたとえん御仏(みほとけ)の

慈悲のこころの懐(ふところ)に 我等はひたすら帰入する 我等はひたすら帰入する

 

うれしやな

今まで我等が忘れたる 温和の親なる釈迦如来

おうてゆかしき何ごとも 怒りたまわずいたずらに

はずかしめるもせらるるも 同じ仏の子供ぞと

愛のこころに忍べとの こころに我等は帰入する こころに我等は帰入する

 

うれしやな

今まで我等が遇(あ)わざりき 精進(いさみ)の親なる釈迦如来

正しき法のためならば 二句のゆえすら身を捨つる

跡を示して我々の ふみゆく道を開かれて

進みに勇む御仏(みほとけ)に 我等はひたすら帰入する 我等はひたすら帰入する

 

うれしやな

今まで我等が知らざりき 平和の親なる釈迦如来

不動不乱の禅定に すみて坐わりて金剛座

禅のちからで生死(いきじに)や 煩悩(なやみ)の悪魔を降してぞ

暁(あけ)のさとりに望まるる こころに我等は帰入する こころに我等は帰入する

 

うれしやな

今まで我等が見ざりける 光の親なる釈迦如来

無量修行の道徳を あつめし力に現わるる

一切衆生の仏性(ぶっしょう)に 本来万徳具足する

覚悟(さとり)開きし御心(みこころ)に 我等はひたすら帰入する 我等はひたすら帰入する

 

うれしやな

今まで我等を忘れたる 大慈の親なる釈迦如来

妙の御花(みなは)や徳の宝や 御法(みのり)の楽(がく)や天の舞

寂光楽(らく)を与えらる こころに我等は帰入する こころに我等は帰入する

 

うれしやな

今まで我等が遇(あ)わざりき 大悲の親なる釈迦如来

母の一人子愛(お)しむ如(ごと) 我等衆生を思われて

あらゆる苦患(くげん)や煩悶を 元のもとより除くため

苦行厭(いと)わずし給える こころに我等は帰入する こころに我等は帰入する

 

うれしやな

今まで我等は知らざりき 大喜の親なる釈迦如来

無上の法のたのしみや 無上覚悟のよろこびを

一切衆生の我等まで 斉(ひと)しく与えて平等に

法悦(ほうえつ)法喜を与えらる こころに我等は帰入する こころに我等は帰入する

 

うれしやな

今まで我等は忘れたる 大捨の親なる釈迦如来

愛と憎(ぞう)とのこころより 遠く離れて依怙(えこ)もなく

ひとしく照らす日の光 それにもまして奥深く

心の闇夜(やみ)をてらします こころに我等は帰入する こころに我等は帰入する

 

南無釈迦牟尼仏陀耶 [十返]

 

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